概要
大学生のヒトミさんがダイエットに一度成功して、自信を得たところから体重が停滞し戻り始めダイエット依存症になっていくところの描写から本書は始まる。
ダイエット依存症(※正式な医学用語ではない)とは摂食障害の診断基準を満たすわけではないし、精神科を受診しても問題なしと言われるが、関心があるのは「どうすれば痩せるか?」「それが全ての問題を解決する」と思ってそれに沿って行動をする人の事である。
依存症の定義とは「それを求める欲求が抑えがたい」「禁断症状がある」「他の行動よりも優先されるようになる」であり、ダイエットはそれ自体が持つ特性からダイエット依存症と呼べるような行動を日常的にとってしまう事がありそれにより日常生活の自由が大幅に奪われる過酷な日々が待っている事が描かれている。
ダイエット依存症になってしまう原因は人それぞれだが複数人の症例や背景を読んでいくと共通点として外見を気にするという点の本人の問題ではなく、本人と他者・社会・メディアとの関係性の中で作られていっていく事がわかる。
「やせている事はいい事だ」。そういうようなメッセージが身近な人やメディアなどから流されて来るたびに、そうなるべきだという刷り込みがなされていく。そういうメッセージが発せられていく中で自分自身を十分に肯定できない人はダイエットでの一時的な成功から得た「条件付き」の肯定を得る事ができる。肯定感を得るためにさらに過酷なダイエットに踏み込む事でリバウンドをして「失敗」してしまったり、「成功し続けても」その苦しさやこだわりから自己肯定感を再び喪失してしまう。しかしダイエットで一度自己肯定感を得ているためさらにダイエットをするという行動でそれを得ようとしてしまう悪循環にはまりこんでしまう。
ダイエット依存症の特徴は「形」にこだわる事である。体重や体形といった目に見えるものを唯一の評価基準として考え、全ての事を「やせればうまくいく」「やせればできるようになる」「太っているから怒られるんだ」「太っているから嫌われるんだ」というような評価をしてしまう。それはダイエットを一時的に成功させ肯定された経験や、ダイエットに失敗した自分をダメだと否定した所から「形」に執着するようになる。
日常生活を過ごす上では社会や世間が求める「形」や「評価」は逃れる事はできないと著者は言う。多くの人はこの形や評価を自分なりに上手く咀嚼し適切に位置づけることが出来る。しかしありのままの自分が肯定された経験が少ない人はこの「形」や「評価」に突き動かされてしまう。その評価などから「やせたがり」が形成され食べてしまった後の代償行動としての夜中のランニングなど本人は本当はやりたくないのにそれに突き動かされてしまう。それはまさに「やせたがり」という別人格が本人を脅迫して突き動かしているようだ。
本書はダイエット依存症になってしまう構造を丁寧に解説した上で、ダイエット依存症を生み出す「やせたがり」に振り回されず自分の中でどう位置づけコントロールするか?について書いている。
書評
「やせたがり」から強烈に「やせなければお前は価値がないぞ」という脅迫じみたメッセージを送られてくる。そのメッセージに屈しないようになるためには「自分自身が本当はどうしたいか?」を真剣に考えてあげる事である。
自己肯定感が低いとどうしても誰かからのいう事を従順に従ってしまいがちである。そんな中「やせたがり」は日常のあらゆる角度・場面から「やせなければダメだ」というメッセージを送ってくる。このメッセージはとても強いため自己肯定感の低い人はつい従順に従ってしまう傾向がある。
しかし本書は「やせたがり」に囚われてしまう構造を理解する事で「やせたがり」からの囚われから脱するヒントを得る事ができる。
なぜヒントなのか?それは最終的には本書を読んだあなた自身が「私のやっている事はこれでいいんだ」という確信を得るために考え、行動し、時には失敗をして、でもそれを誰かと共有しながら進んでいかなければいけないからだ。それは本書を読めばすぐに解決することではなく、時間も労力も相当かかるものである。
ダイエット依存症はすぐには解決しない。「やせたがり」から脱する過程でかなりの苦労を伴い続ける。しかしそんな苦しい時に読み返すと「やせたがり」から脱するための努力を続けようという勇気をくれるような本である。
私の仕事はパーソナルトレーナーでありダイエット指導も主な業務の一つである。その視点からも感想を書きたい。
パーソナルトレーナーとして感じたことは自分自身のメッセージの発し方は果たしてどうだったのかどうか?と言う点である。
最近のトレンドとして、「筋トレをして体のラインが美しくなれば様々な事が上手くいくよ!」というメッセージが非常に多いと私は感じている。しかしこの構図はこのダイエット依存症にかかってしまう構図と全く一緒なのではないか。「形」にこだわる事でそういう人をさらに増やしてしまうメッセージだったのではないか?と本書を読んで痛烈に感じた。
当然「形」も「評価」も上手く位置付ければ人生をより良くできる一つのツールであり「使うべき」ものである。しかしながら体が変われば「全て」が上手くいくというのは当然ながらありえない。私も含めて発信している人もそういうメッセージを伝える意図は無いと思うし、その点も十分に認識していると思う。しかし恐ろしいのは無意識にそのようなメッセージを補強するように発信してしまっている可能性があるという事である。
私自身のダイエット指導のポリシーは「ダイエットを早くやめよう」と言う事である。ダイエット指導なのに?と思われるかもしれないがこれには理由がある。多くの人が自分自身のなんらかの目的実現・目標達成のためにダイエットをしている。正直労力をかけなくても良いところに多大な労力をかけていると感じている。でもきちんと栄養学の知識を学んでダイエットを実践していく事で多くの人が驚くくらいダイエットの労力がなくなる。そこに割く労力がなくなるという事は他のことに費やす労力の余裕ができるという事だ。あなたの目標達成のためには体型だけでなくファッションやメイク、立ち振る舞いやコミュニケーションなど必要な事は多岐にわたる。そんな中ダイエットに労力を割いていてはもったいない。他の事にも労力をもっと割けるようになってほしいという思いからである。
また、ダイエットを通じて栄養学を学び実践する事はそのまま健康的な食生活を構築するために応用をする事ができる。つまりダイエットを通じて栄養学の基礎学習と実践をする事で健康的な食生活を構築できるようになるという事である。最終的にそれはダイエットという一時イベントをやめて持続可能な健康な食生活を構築する事事に繋がる(健康についてはまた別で論じましょう)。
そうなった時に食生活に必要以上の労力をかける事なく、他の事に労力を割けるようになる事。
それが「ダイエットを早くやめよう」という意味である。
言いかえると体は自分の問題解決のツールの一つであり、問題を解決するためには多様な面からの問題解決アプローチが必要になるため持続可能な体を作りきちんと問題と正面から向き合えるようになる事が大切である。
体がボロボロになると出来ることが大きく制限される。
だから「あなた」のやりたい事のために「あなた」のスタイルで持続可能な体を作っていくことが必要ですと言うメッセージをより送っていこうと感じた。
強いて本書で一点だけわかり難かった点を挙げるとすると「評価」に対する表現の仕方がバラバラで解釈に時間がかかってしまったという点である。例えば「手放す」事が大事と書いている一方で「敏感な体質になりましょう」という表現がなされている点である。主張は一貫しており、全体を読めば十分に理解できるが評価の取り扱い方について理解するのが時間がかかってしまったという点は本書を読む上では注意するべきところかもしれない。
本書はダイエットの事が日々頭から離れなくなった人にとてもお勧めできるが、それに関わる親御さんや運動指導者も強く勧められる。
著者
水島広子
1968年東京生まれ。慶應義塾大学医学部卒業、同大学院修了(医学博士)。対人関係療法専門クリニック院長、慶應義塾大学医学部非常勤講師(精神神経科)。2000年6月〜2005年8月、衆議院議員として児童虐待防止法の抜本改正などに取り組む。『拒食症・過食症を対人関係療法で治す』(紀伊国屋書店)、『自分でできる対人関係療法』(創元社)、『プレッシャーに負けない方法-「できるだけ完璧主義」のすすめ』(さくら舎)など著書多数
ホームページ http://www.hirokom.org/
ツイッターアカウント: @MizushimaHiroko
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